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夢見桜~ゆめみざくら~
第3章 夜の哀しみ
 吟が声を失って後、一馬は吟を抱くことはなかった。ただ、その傍らにそっと寄り添い、二人で庭に出て花を見たり鳥の声を聞いたり、そっと通り過ぎる風に触れたりした。
 そんなときさえ、吟は笑いもせず、ただ虚ろな顔で宙を眺めているばかりだった。吟は声ばかりでなく、心まで失ったかのように見えた。そこにいるのは、魂のない美しき人形であった。狂人を名門京極氏の正室に迎えるのに反対する重臣たちを退け、京極一馬高友はその年の秋、吟と祝言を挙げた。が、一馬の正式な妻となっても、吟は声を取り戻すことはなく、日は穏やかに過ぎていった。
 吟の側には、いつも一馬がいて、穏やかな眼で妻を見守っている。が、吟を見つめる一馬の眼には深い哀しみと悔恨、憐憫の色が濃く宿っていた。
 ただ、声を失ってからも、吟の石仏づくりだけは変わらず続いた。一馬は自分で山へ分け入り珍しい形の石を拾ってきて、手ずから妻に与えた。時には吟を伴い山へゆく。そんな時、吟は見晴らしの良い場所に座り、一馬が石を探すのを眺めていた。
「お吟、聞こえるか ほら、耳を澄ませてみよ。風が谷を渡る音、鳥の鳴き声も聞こえる」
 果たして一馬の声が吟に届いているのかは判らないけれど、一馬は妻に向かって話し続ける。
「あの木の枝を栗鼠(りす)が走っておったぞ。今日は風が殊の外強い。葉があのようにざわめいておる」
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