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夢見桜~ゆめみざくら~
第3章 夜の哀しみ
 吟は一馬の話を聞いているのかいないのか、ただ黙って木の切り株に腰掛け辺りの景色をぼんやりと眺めている。その双眸は虚ろで、はるか彼方を見ているように思えた。一馬は時折、吟の顔を覗き込むが、その度に落胆の色を隠せなかった。それでも、吟を穏やかに見つめ、自分が見たもの聞いたものについて吟に話し聞かせる。その合間には、吟が石仏づくりに使えそうな形の良い石や手頃な石を物色した。
季節はめぐり、吟が一馬の城に連れられてきてからはや一年の月日を数えた。弥生の末には桜の蕾が綻び、一斉に花開く。玄武の国の至るところでも桜が美しく春を彩った。
 そんなある日、一馬はいつものように吟の部屋にいた。吟の部屋からも桜の樹々を見ることができる。薄紅色の花をたっぷりとつけた樹に小鳥が止まっている。一馬は名前も判らぬ青色の小鳥をじっと見つめた。彼の傍らでは吟が一心に仏を刻んでいる。
 穏やかで静かな一刻(ひととき)であった。
 小鳥が二、三度羽ばたき、重たげに花のついた枝を揺らして飛び立った。その拍子に枝が揺れ、満開に咲いた花の花片がはらはらと散り零れる。
 彼の胸に去来する想いは何であったのかは判らない。ただ、飛び立った鳥に名残を惜しむかのように、いつまでも空を眺めていた。一馬はばらく青い鳥の消えた空の彼方を見ていたが、視線をゆるりと動かした。
 彼は良人の方を見ようともしない妻を見つめた。その眼には深い孤独の翳りがある。
「お吟、あの鳥を知っておるか?」
 問いかけても、吟が応えるはずもない。吟はひたすら鑿と金槌を動かして、小さな石を仏の形に彫っている。
「あの鳥にも妻や子がいるのであろうな」
 一馬の声だけが空しく響く。
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