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夢見桜~ゆめみざくら~
第3章 夜の哀しみ
一馬は改めて吟を見た。可憐な美貌は相変わらずで、透き通るような白い肌に、熟れた果実のような紅い唇だけが艶めかしい。豊かな黒髪は滝のようにひろがって背中から腰をすべっている。先刻の小鳥を彷彿とさせる鮮やかな蒼色の打ち掛けが白い肌によく映えていた。
懸命に仏を刻んでいるその姿を見れば、声を失うほど心を病んでいるというのが嘘のようにさえ見える。「お吟」と呼べば、昔のように微笑み返してくるのではないかと錯覚しそうになってしまう。
「お吟」
一馬が再度呼びかけても、吟は何の反応も示さなかった。吟を見つめる一馬の眼に、ふっくらとした唇がわずかに開くのが見えた。恐らく無意識の仕草だろう、紅く熟れた唇を小さな舌でなめている。が、それもほんのわずかのことで、吟は再び仏をつくる作業に没頭していった。
が、一馬の眼には吟の唇しか見えてはいなかった。男を誘うように艶めかしく動く唇―、吟に罪はない。吟は何も意識してはいないのだ。だが、時折、吟がふと見せる仕草は側にいる一馬にとっては著しく扇情的であった。その度に、一馬は己れの劣情と闘わなければならない。吟が自ら生命を絶とうと思いつめるまで追い込んだのは、他ならぬ一馬だ。もう、二度と同じ過ちは繰り返したくはなかった。
「お吟」
一馬はつとめて己れを落ち着かせようと、穏やかな声で妻を呼んだ。だが、やはり吟からのいらえはない。その瞬間、一馬の中で熱いものがたぎった。
懸命に仏を刻んでいるその姿を見れば、声を失うほど心を病んでいるというのが嘘のようにさえ見える。「お吟」と呼べば、昔のように微笑み返してくるのではないかと錯覚しそうになってしまう。
「お吟」
一馬が再度呼びかけても、吟は何の反応も示さなかった。吟を見つめる一馬の眼に、ふっくらとした唇がわずかに開くのが見えた。恐らく無意識の仕草だろう、紅く熟れた唇を小さな舌でなめている。が、それもほんのわずかのことで、吟は再び仏をつくる作業に没頭していった。
が、一馬の眼には吟の唇しか見えてはいなかった。男を誘うように艶めかしく動く唇―、吟に罪はない。吟は何も意識してはいないのだ。だが、時折、吟がふと見せる仕草は側にいる一馬にとっては著しく扇情的であった。その度に、一馬は己れの劣情と闘わなければならない。吟が自ら生命を絶とうと思いつめるまで追い込んだのは、他ならぬ一馬だ。もう、二度と同じ過ちは繰り返したくはなかった。
「お吟」
一馬はつとめて己れを落ち着かせようと、穏やかな声で妻を呼んだ。だが、やはり吟からのいらえはない。その瞬間、一馬の中で熱いものがたぎった。