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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
自分自身に言い訳するように心の中で呟き、眼を閉じる。気持ち良い春の風が優しく吟の頬を撫でて通り過ぎてゆき、吟はうとうとと浅い眠りにたゆたっていたが、やがて深い眠りの底にといざなわれていった。
吟は夢を見ていた。
夢の中で、吟は誰かに追いかけられていた。それが何ものなのか誰なのかは判らない。ただ怖くて、逃げ出したくて、吟は懸命に走っていた。後ろを振り返ると、大きくて真っ黒な影が自分を今にも呑み込もうとしている。 吟は悲鳴を上げる。
いくら走っても、追いかけてくる巨大な影との距離は縮まるばかりか、かえって徐々に狭くなるようだ。
恐怖で叫び声も喉に張り付いてしまうようだった。
―ああ、怖ろしい魔物に喰われてしまう。
吟が観念して眼を閉じた時、誰かがどこかで呼んでいるような気がした。ハッと我に返り眼を恐る恐る見開いた時、全身に汗をかいていた。桜花の季節とはいえ、まだ夏の陽気にはほど遠い。こうして外でうたた寝なぞしていたら、風邪を引いてしまいそうなほどだ。なのに、嫌な夢を見たせいで、全身汗まみれであった。
「大丈夫か?」
と、頭上から声が降ってきて、吟は愕いて上半身を起こした。
「あなたは―」
愕きに眼を見開いて見つめる吟を、一人の若者が見下ろしていた。歳は二十三、四くらいで小麦色の肌に精悍な風貌をしている。そのいで立ちから武士だと判った。
「随分とうなされていたようだが」
若い男は気遣わしげに訊ねた。吟はいつのまにか寝顔を見られていたことに恥ずかしくなった。
「怖い夢を見ておりました」
吟が応えると、男が訝しげな表情(かお)になった。
吟は夢を見ていた。
夢の中で、吟は誰かに追いかけられていた。それが何ものなのか誰なのかは判らない。ただ怖くて、逃げ出したくて、吟は懸命に走っていた。後ろを振り返ると、大きくて真っ黒な影が自分を今にも呑み込もうとしている。 吟は悲鳴を上げる。
いくら走っても、追いかけてくる巨大な影との距離は縮まるばかりか、かえって徐々に狭くなるようだ。
恐怖で叫び声も喉に張り付いてしまうようだった。
―ああ、怖ろしい魔物に喰われてしまう。
吟が観念して眼を閉じた時、誰かがどこかで呼んでいるような気がした。ハッと我に返り眼を恐る恐る見開いた時、全身に汗をかいていた。桜花の季節とはいえ、まだ夏の陽気にはほど遠い。こうして外でうたた寝なぞしていたら、風邪を引いてしまいそうなほどだ。なのに、嫌な夢を見たせいで、全身汗まみれであった。
「大丈夫か?」
と、頭上から声が降ってきて、吟は愕いて上半身を起こした。
「あなたは―」
愕きに眼を見開いて見つめる吟を、一人の若者が見下ろしていた。歳は二十三、四くらいで小麦色の肌に精悍な風貌をしている。そのいで立ちから武士だと判った。
「随分とうなされていたようだが」
若い男は気遣わしげに訊ねた。吟はいつのまにか寝顔を見られていたことに恥ずかしくなった。
「怖い夢を見ておりました」
吟が応えると、男が訝しげな表情(かお)になった。