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水蜜桃の願い
第3章  記憶の中の彼女


……そして、その日。
そう──俺がもう、家庭教師ではなくなる日。


どこまでも感情を抑えて俺に接する彼女の態度。
最後なのに、ひとつのわがまますら言おうとしない。
いつもと同じように俺を迎え、俺を見送る──そうやって終わるつもりなのか。


なんだか、たまらなくなった。


俺への感情を圧し殺しているのか。
それとももう、俺のことはすっかり踏ん切りがついているからなのか。
わからなかったけど、何か俺にできることがあるならしてあげたいと、柄にもなくそんな気持ちが沸き上がる。


……約束を守れたご褒美に──せめて何か。


それを口にしたときの彼女の驚いた顔。
言葉の意味を理解すると、戸惑いながらも、必死に何かを考えているその様子。


「……何でも、いいの?」


そして躊躇いがちに発せられたその言葉を頭の中で繰り返す。


彼女は何を願うつもりなのか。
いくつか想像できたその内容は、応えられる自信がないものも含んでいて。


「何でも、は……無理かな」


また俺は、そうやって遠回しに逃げる。
どこまでも勝手な言葉だと自分でも思っていた。


けれど彼女はそんな俺に不満を一言も口にせず、だよね……と苦笑いを浮かべる。

俺はもう、黙って、応えるように微笑むぐらいしかできなかった。


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