この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
水蜜桃の願い
第3章 記憶の中の彼女
……そして、その日。
そう──俺がもう、家庭教師ではなくなる日。
どこまでも感情を抑えて俺に接する彼女の態度。
最後なのに、ひとつのわがまますら言おうとしない。
いつもと同じように俺を迎え、俺を見送る──そうやって終わるつもりなのか。
なんだか、たまらなくなった。
俺への感情を圧し殺しているのか。
それとももう、俺のことはすっかり踏ん切りがついているからなのか。
わからなかったけど、何か俺にできることがあるならしてあげたいと、柄にもなくそんな気持ちが沸き上がる。
……約束を守れたご褒美に──せめて何か。
それを口にしたときの彼女の驚いた顔。
言葉の意味を理解すると、戸惑いながらも、必死に何かを考えているその様子。
「……何でも、いいの?」
そして躊躇いがちに発せられたその言葉を頭の中で繰り返す。
彼女は何を願うつもりなのか。
いくつか想像できたその内容は、応えられる自信がないものも含んでいて。
「何でも、は……無理かな」
また俺は、そうやって遠回しに逃げる。
どこまでも勝手な言葉だと自分でも思っていた。
けれど彼女はそんな俺に不満を一言も口にせず、だよね……と苦笑いを浮かべる。
俺はもう、黙って、応えるように微笑むぐらいしかできなかった。