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水蜜桃の願い
第4章 動き出した刻
……何故だろう。
さっきまで気づかなかった彼女の匂いが、急に。
これは、知っている。
ベルガモットだ──そう、俺のとても好きな香り。
おそらく纏っているのはほんの僅かだろう。
けれど微かなそれに気づくほど、すぐそばにある彼女の身体。
引き寄せようと……抱き寄せようと思えば、それはあまりにも容易で。
──何だよ、これ。
そんなふうに考えてしまった自分に戸惑いながら、思わず生唾を飲み込む。
──こっち、見ればいいのに。
俯いたままの彼女の顔を見たい。
その睫毛が震えている理由をこの目で確認したい。
シャツの袖が濡れるのも構わず、掴んでいる指には自然に力が入っていく。
──けれどその行為を咎めるかのように突然鳴り出した音楽。
今度は、俺のシャツのポケットの中のスマホからだった。
無意識のうちに心の中で溜め息をつきながら、ごめん、と一言口にして、彼女の指を離す。
電話は職場からだった。
はい、と出ながらリビングに戻った。
香りを感じられなくなってしまったことになぜか物足りなさを感じながらも、話の内容のメモを取る。
他にもいくつか話をされ、それから切った通話。