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水蜜桃の願い
第4章 動き出した刻
まだ、わからないことだらけで。
ただ、戸惑いばかりが先に立って。
……それはきっと、彼女もで。
帰り際にひと切れだけ口にした桃。
とろけるような甘さが、また、あのときを思い出させる。
赤らめた頬で俺を見つめてきた彼女の表情に胸の奥がざわめく感覚を覚えながらも、何でもないように『会えて嬉しかった』と、そう正直に口にすれば、途端に俯いてしまった彼女。
「……連絡待ってるよ、透子ちゃん」
玄関のドアを開けながら、考えずにそう口にしていた自分に、ああなんだ──結局、俺は連絡してほしいと思ってるんだ、と気づく。
彼女が頭を上げないうちに、閉まってしまったドア。
その向こう側にいるはずの彼女を思いながら、少しだけ、その場に佇んだ。
10年という年月は、俺を──そして、彼女の心をどう変えたのか。
それとも、何も変わってなどいないのか。
──そんなふうに。
過ぎた年月の長さを、あらためて思っていた。