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水蜜桃の願い
第1章 先生と彼女
――カチャ、とドアが開かれ、先生が入ってくる。
手にしているトレイの上にはカップがふたつのっていた。
途端に部屋に漂う、コーヒーの香り。
「はい」
先生はひとつを私の前に置く。
もうひとつはもちろん、自分の席の前に。
「……ありがとうございます」
うん、と微笑みながら席に座る先生。
カップを両手で持ち上げれば、その暖かさと……そしてさらに深く感じる、独特の香り。
なんだか少しほっとする。
「美波さん」
名前を呼ばれ、カップから先生に視線を移した。
「今日はあんまり気分が乗らないかな?」
気遣うようなその言葉に、すみません、と呟きながら、俯いた。
「そういうときもあるよね」
けれど、かけられる言葉はどこまでも優しい。
レッスンに集中できないのは自分のせい。明らかに、自分の中の問題だ。
なのにこんなふうに先生に気を遣わせていることが、なんだか申し訳なくなってくる。
その思いが、私の口を開かせた。