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水蜜桃の願い
第4章  動き出した刻


「先生! 待って!」


背後からかけられた、切羽詰まったような声と、物音。足音。
思わず振り返ろうとした瞬間に、背中に感じた衝撃。
同時に、俺の身体を絡め取るように前に回されてきた腕。


「全然わかんない……!
先生、ねえ、先生……っ!」


ぎゅっと力が込められ、きつく抱き締められている俺の胸が、そのぬくもりと彼女の匂いを感じた途端にぎりっと軋み出す。
いや、と彼女の涙声での抵抗を耳にするたびに、ずきずきと痛み出す。

揺らいではいけないのに。
振り向いてその身体を抱き締め返したくなる。


──けれど。


「離してくれる?」


衝動を圧し殺し、静かに告げた。


「透子ちゃん、離して」


心の中はこんなにも乱れている。
なのに自分でも驚くほどに、その言葉が持つ熱は、冷たい。

彼女もそれを感じたのか、はっとしたように緩んだ腕。

早くこの部屋から出たくて。
決意が鈍る前に彼女の前から去りたくて。

や……と彼女の抵抗の声は聞こえていたけど、俺はまた、ドアに向かって歩き出す。


「先生……やだ……」


お願い──と続けられていく言葉は、もはや完全な泣き声になっているのに気づいていたけど、その歩みを止めるわけにはいかない。

ドアのノブに手をかけ、開けた。


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