この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
水蜜桃の願い
第5章 甘やかな願い
やがて、かたん、と小さく音を立て、彼女が立ち上がる。
思わず目で動きを追った。
もう冷めているに違いないお茶をトレイにのせ、キッチンへと運んでいく。
そのまま流しで、洗い物を始めた。
何も言葉にせずに、ただ、黙って。
「どういう意味」
たまらず、尋ねた。
それでも彼女の唇は閉ざされたまま。
「透子ちゃん」
再度促すようにその名前を呼べばようやく、顔を上げて俺に視線を送ってくる。
それはどこか静かな眼差し。
すぐにまた目を逸らして、俯き、言った。
「……言葉のとおりだよ、先生。
いい子でいるのはやめたの、もう」
水音に邪魔され聞き取りにくくはあったけど、その内容は理解できた。
いい子でいるのはやめた?
──だからなんだよその、いい子って。
頭の中でその言葉がぐるぐると回るうちに、やがて聞こえなくなった音。
「だって昔も今も……いい子でいたって先生は私を好きになってくれなかったから」
呟くように、彼女はそう言った。
「……何それ。
何、いい子って」
何度も繰り返されていくその言葉。
とうとう、口からその問いが漏れる。
彼女は、だから──と小さく息を吐き、さっきよりもはっきりとした口調で続け出す。