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水蜜桃の願い
第5章  甘やかな願い


やがて、かたん、と小さく音を立て、彼女が立ち上がる。
思わず目で動きを追った。
もう冷めているに違いないお茶をトレイにのせ、キッチンへと運んでいく。
そのまま流しで、洗い物を始めた。
何も言葉にせずに、ただ、黙って。


「どういう意味」


たまらず、尋ねた。
それでも彼女の唇は閉ざされたまま。


「透子ちゃん」


再度促すようにその名前を呼べばようやく、顔を上げて俺に視線を送ってくる。
それはどこか静かな眼差し。

すぐにまた目を逸らして、俯き、言った。


「……言葉のとおりだよ、先生。
いい子でいるのはやめたの、もう」


水音に邪魔され聞き取りにくくはあったけど、その内容は理解できた。


いい子でいるのはやめた?
──だからなんだよその、いい子って。


頭の中でその言葉がぐるぐると回るうちに、やがて聞こえなくなった音。


「だって昔も今も……いい子でいたって先生は私を好きになってくれなかったから」


呟くように、彼女はそう言った。


「……何それ。
何、いい子って」


何度も繰り返されていくその言葉。
とうとう、口からその問いが漏れる。
彼女は、だから──と小さく息を吐き、さっきよりもはっきりとした口調で続け出す。


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