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水蜜桃の願い
第5章 甘やかな願い
「……だから──健気な子だと思ったんだよ」
言葉を繰り返し、彼女に聞かせた。
え……? とその唇は形作る。
台所から消えた彼女。
やがて斜め後ろに感じた気配。
わかる。
そこにいて、俺を見つめている。
溜め息がまたひとつ。
彼女には背を向けたまま、椅子の背もたれに寄りかかりながら俺は言った。
「……面倒なことになったなって正直思った」
あのときの。
俺たちの始まりとなった、10年前のことを。
そして、俺の気持ちを。
「あまりに透子ちゃんが必死だったから……だから一度だけ、って約束した上で抱いたけど」
先生……、と呟く声。
ちゃんと耳に届いていた。
彼女は聞いてくれている。
「……たぶん約束は守られないだろうなとも思った。
また願われたらそのときはもう家庭教師やめようって決めてたよ」
なのに。
それなのに────。
「……全然なんだもんな」
「え……?」
「全然、そんな素振りを見せない。
それまでと同じように真面目な生徒のまま。
もちろん、戸惑ってるのは伝わってきてたよ。けどそれさえ必死で隠そうとしてさ。
何そんなに一生懸命に俺との約束守ろうとしてんの? 何なのこの健気な子、って。
……そんなふうに感じてたよ」