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【短編集】real
第1章 拓人
それから僕は、僕の体のパーツを動かすことを意識しなくなった。
その必要がなくなったから。
筋肉を動かそうとしていたときにはあんなにも集中していたことが。
夏希といるときだけは、何もしなくてもいいのだ。
何もしなくても、僕の細胞一つ一つが踊るように動き出す。

例えば夏希が微笑めば。
僕の心臓は痛いほど大きく鼓動する。

夏希が夏の終わりを告げる太陽を遠く見つめている姿を見ると、その寂しさに体が縮こまる。



そうやって僕たちは弘樹には言えない時間を過ごした。
この関係が何なのかはわからない。
でも夏希といる時間は媚薬のようなもので。
弘樹へのうしろめたさに、僕はどんどんと新しい感情を覚えていき。
そうしていくうちに、僕は感情というものがどれほど厄介な存在かを思い知らされている。

感情。
夏希は、僕にそれを教えてくれて。

だからこそ、もうこのままじゃいられなくなった。

次が、最後。
僕も夏希も、そう思っていた。
だから、その次は特別にしなくてはならないのだ。

ただ喫茶店で居心地よく雑誌を読みふけるのも。
公園を少しの距離を空けて歩くのも。
映画館でそわそわと隣の存在を意識しながら、スクリーンを見つめる振りもするのも。


最後にしなくてはいけないのだ。
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