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やらし恥ずかし夏休みバイト
第3章 桃の販売員
 ショッピングモールは駅まで徒歩5分という立地条件の良さから大いに賑わっていたものの、朱里の業務は苦戦を強いられていた。
 すでに30分が経過したが、足を止める人すら誰一人いない。
 桃を税込み1個350円、12個入り1箱3800円という、やや割高に思える金額で販売しているせいかもしれなかった。
 この値段を書いた大きい立て札を、堂々とバンのそばに置いているので。
「うーん、売れないなぁ。完売どころか、この調子だと、今日で首になっちゃうかも」

 焦る朱里だったが、一向に売れないまま6時を迎えた。
 そんなとき、一人の中年男性が足を止めてくれたので、すぐに売り込みに入る朱里。
 50歳前後くらいにみえる風貌で、グレーのスーツ姿だった。
「いらっしゃいませ! 美味しい桃はいかがですか?」
「ああ、噂を聞きつけてやってきたんだ。何でも、桃を買うとサービスを受けられるんだってね」
 朱里は怪訝な顔つきに変わる。
 そんなことは一切、面接でも研修でも聞いていない。
「サービス?」
「うん。先月もサービス目当てで、15個買ったからね。ああ、そうそう、この立て札だよ」
 中年客はそう言うと、値段の書かれた立て札に手を触れる。
 そして、日めくりカレンダーのように、1枚めくり上げた。
「ああっ!」
 そんな仕組みを全く聞かされておらず、驚愕する朱里。
 そこには、「A 3個」「B 10個」「F 12個(1箱)」「C 24個(2箱)」と書かれている。
 朱里には何のことやら、さっぱり分からなかった。
 個数の方は、恐らく桃の個数だろうということは容易に推測できたが、桃本体にも箱にもアルファベットなど書かれていなかったので。
「AとかBとか……いったい、どういう……? BとCの間にFが挟まっていることも意味が分かりませんし……」
「ははは。まーたそれか。先月の子も、同じように『知らないふり』で逃れようとしてたな。そういう演技をするように指導されているのかな?」
「いえ、本当に存じ上げてなくて……。お客様はご存知なのですか? このアルファベットのこと」
「モチのロンだ」
 古めかしい言い方で、嬉しそうに答える中年客。


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