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あい、見えます。
第9章 あい、見えます。


「医者?」


問い返す佐々木に顔を向けて、遥は小さく頷く。


「私、6歳の時に、目が見えなくなったんです。……病気のせいで、見えなくなっちゃったんですけど、その時の記憶は、あんまり無くて。ただ、一つだけ覚えてるのは、主治医の先生が”無理しちゃ駄目だよ、遥ちゃん”って、何度も言ってたことくらい…」


話していたら、ずっと、誰にも言っていなかったことが胸の奥で膨らみ出した。


薫にさえ、話していない、自分のこと。


自分の、名前のこと。


「私の名前、”遥”って言うでしょ? 両親が、遥か先の未来を見通せるような、そんな強くて大らかな子に育って欲しいって思って名付けたんだそうです」


小学校で点字作文を書く際に、題材が”自分の名前の由来”だったせいで知ったことだった。


「でも、それを聞いてから、私は自分の名前が、凄く嫌だった。未来どころか、私は手元さえ見えないのに、未来なんて見えっこないって思って」


一瞬、声が震えかける。


「それは、多分、ずっと変わらないと思ってたんです。薫に言われて、こっちに引っ越してみたけど、結局私は、ダンボールも開けきれずに、部屋の中の見えない部分を放っておいても生活が出来ていて」


佐々木の手が、ゆっくりと、言葉を促すように頬を撫でてくれる。


「毎日、毎分、毎秒…、生きるほど、私は”見えない”ってことを何度も認識しました。自分が嫌で、見えないことも嫌で、色んな事が嫌でした」


右手を伸ばして、頬に触れる佐々木の指に、そっと触れた。


「でも、昨日……、ちゃんと佐々木さんと話をしようって思って。話をしてみて、それは間違いだったのかなって、感じました」


「間違い?」


穏やかに問い返した佐々木に、遥は一つ頷く。


「私は、見ようとしてなかっただけなんじゃないかな、って」


「……


「色んな事を嫌がって、自分から目を閉じてたんじゃないかなって」


「遥」


「だって、佐々木さんに名前を呼ばれると、凄く嬉しいんです」


触れ合う指を、緩く握りしめる。


「私、……佐々木さんと一緒なら、見える気がするんです。沢山の色も、眩しい光も、遠くの山の形も」


「……」


佐々木の吐息の音に、遥が微笑む。


「佐々木さんの、今、笑ってる顔も、……私、見えます」



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