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あい、見えます。
第10章 見える世界
「あれ? 佐々木さん?」
柔らかいけれど芯がある青年の声だ。
振り返る佐々木と遥の目の前で、柔らかい髪の青年は「やっぱり」と嬉しそうに声を上げる。
二人の姿と遥の手の白杖を見ても、青年の顔は何も揺らぐことなく、佐々木に向けられた。
「珍しいですね。佐々木さんがオフに来るなんて」
「あぁ。……望月。カウンターは空いてるか?」
「はい。国崎さんと庵原さん、どっちがいいですか?」
「庵原の方で」
「え?」
ほんの僅か、望月と呼ばれた青年が首を傾げかけた。
けれど、微笑んで頷く佐々木に、彼は「はい」と柔らかく返事をすると、2人をカウンターへと通す。
脚の長いスツールに腰掛けてから、佐々木は、自分を見ている国崎に視線を向けた。
既に自分達を見ていた彼は、バーカウンターの中から、一瞬、敬礼してみせる。
勘のいい国崎は、佐々木が連れてきた女性が、以前話をした隣人だと気付いたらしい。
「いらっしゃいませ」
座り直して、顔を正面に向けると、庵原が二人の前にコースターを差し出したところだった。
自分達が座るまで背を向けていたせいだろう。
コースターを置いた庵原の動きが、佐々木と目が合った瞬間、微かに止まった。
細い瞳が僅かに見開かれて、隣の遥に向けられる。
けれど、そのまま優しく細められた瞳は、目の前のティン(銀色の大きな細長いボトル)に狙いを定めていた。
「お決まりですか?」
その声は、遥にかけられている。
尖っているけれど、どこか甘さのある、艶を感じる声だ。
遥は小さく微笑んで、「スクリュードライバーを」と告げた。
そのオーダーに、佐々木が言葉を重ねる。
「庵原。フレア、強めで」
「はい」
「強め?」と尋ねる遥に、佐々木は「楽しんで」とだけ囁いてくる。
何のことかと再び口を開いた遥は、けれど、言葉を紡ぐことは無かった。
グラスが宙を舞う音に、吸い寄せられるように顔を正面に戻すと、庵原がカクテルを作り始める動きが、空気を揺らし始めていた。