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あい、見えます。
第2章 見守って
* * *
―――30代は、20代の倍速で人生が進む。40代になると、更に加速する。
懐かしい言葉に、佐々木は小さく苦笑した。
昔、自分にバーテンダーのイロハを教えてくれたマスターの言葉だ。
グラスを洗いながら、不意に思い出したのは、もう8月が終わろうとしているからだろう。
「国崎」
「ん?」
隣の男に声をかければ、自分と同じ黒い制服に身を包んだ男が振り返った。
「来週辺りから、モヒートのライム、カボスにするか?」
「あぁ、そっか。うん、そうしよう。……早いな、もう秋仕様か」
モヒートは、どのBARでも定番のカクテルだが、ライムの代わりにカボスを入れると風味が増して秋らしい飲み口になる。
「詩織のピアノ演奏も、秋の選曲になるだろうし、ホームページも準備しとく」
丁寧にグラスを拭きながら、閉店後の店を見渡す国崎は、佐々木より2歳年下でありながら、チーフバーテンダーとして店全体を仕切る、いわゆる"店長"の役どころにいる男だ。
店にはオーナーがいるものの、仕入れや備品の管理から、簡単な雑務まで、店の業務を幅広く引き受けていることもあり、周囲の信頼は厚い。
彼が休みの日には、佐々木がチーフ代理を務めるため、大体の業務は兼任できる状況だが、実際に主導権を握って店を回しているのは国崎だ。
整った顔立ちと、穏やかな気性に、女性客の人気も高い彼は、面倒で地味なクローズ作業をしていても、どこか華があると、男の佐々木にさえ思わせる。
自分が40ということは、彼は今、38だ。
「お前、恋人とか欲しくならないのか?」
「はい?」
サラリと口から出てしまった言葉に、驚いたのは国崎だけでは無かった。