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あい、見えます。
第6章 見すごせなくて
■見すごせなくて
朝10時過ぎ。
佐々木はマンションのベランダに布団を干しながら、空を見上げた。
ようやく秋めいた季節に入ったらしく、天気の急変も減ってきて、暫く穏やかな日々が続いている。
今日は夕方まで、たっぷりの陽射しを使い、寝具も日光浴ができるだろう。
仕事休みが平日のせいで、今日も、辺りは静寂に包まれている気がする。
バーテンダーの仕事は、体力勝負だ。
加えて、サービス業でもあるし、その割には高給という仕事でもない。
けれど、"休みの日に穏やかな時間が過ごせる"という点は、佐々木の好きな、この仕事ならではの魅力の一つだ。
布団を布団バサミで止めてから、ふと、佐々木はベランダの手摺を辿り、右へ視線を向けた。
そこは、遥の家のベランダだ。
彼女も同じように、布団を干したらしい。
薄手のグレーのブランケットと、淡いベージュのカバーがかかった毛布が見える。
一昨日も今日も、朝に出かける日課を休んでいるようだが、彼女も彼女なりに日々を過ごしているのだろう。
小さく微笑んで室内に戻ると、佐々木はソファに腰掛けた。
(それにしても……)
テレビをつけながら、佐々木は改めて、ここ数日の記憶を探る。
どこかで手帳を失くしてしまったらしく、日々の些細な事をメモすることが出来ない。
仕事に必要なことや、とりとめのない事を書き連ねていくのが、佐々木の習慣だった。
新しい手帳を買おうか迷ったが、「ふとした拍子に、ひょっこり出てきたら」という思いが、決心を鈍らせている。
(明日、仕事前に、ちょっと手帳探しでもするかな)
苦笑して、ガラステーブルの上のノートパソコンを引き寄せた。
すっかり忘れていた『WAVE』の歌詞でも、確認することにしよう。
無骨な指で、キーボードを叩く佐々木の耳に、外へ出かけていく隣室の美しい人の足音が、柔らかく響いた。