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あい、見えます。
第6章 見すごせなくて
雨も小降りになり、空の端が仄かに明るくなった頃、佐々木の家のインターホンが来客を告げた。
遥と会話をしてから30分弱だろうか。
佐々木は閉じた本をガラスのローテーブルに置くと、立ち上がって受話器を取った。
「はい」
「……あの、隣の、宮本です」
「あぁ、はい。ちょっと、待ってて下さい」
告げて受話器を切ると、佐々木は大きな紙袋に入れた遥の寝具を手にして玄関へ向かう。
分かっているのに、ドアスコープから外を確認し、鍵を開け、扉を開いた。
シャワーを浴びたのだろう。
彼女はベージュの長袖ニットに濃紺のデニムに着替えていた。
長い髪は横にまとめてシュシュで縛っている。
ワンピース姿の印象が強かったため、微かに目を見開きながらも、佐々木は、そっと微笑んでからスニーカーをつっかけて外廊下へ出た。
「畳んで、紙袋に入れてあります」
告げながら、細い指先に、そっと紙袋の持ち手を触れさせる。
「あ……。すみません。とても、助かりました」
遥は一瞬身体をこわばらせていたが、指に触れたものが何か分かると、紐を握りしめて、反対の手で中身を確かめた。
「洗濯物は、大丈夫でしたか?」
気掛かりだったことを尋ねると、彼女は少し顎を引いて俯きながら苦笑する。
「ダメでした。また、洗います」
「前触れなく、急に降りだしましたからね」
頷く彼女を見つめてから、佐々木は、はたと思い出して声を上げた。
「あぁ。すみません。私がいたら、家に入りづらいですね」
それじゃ、と紳士的に会釈する佐々木の気配に、遥も釣られたように軽く頭を下げる。
柔らかそうな黒髪が微かに揺れるのを見てから、佐々木はドアを開き自宅に戻った。
そのまま、何故か靴を脱げずに玄関で立ち尽くす。
目を閉じて、外の気配に全身の神経を集中させた。
数秒も立たない内に、彼女が自宅の扉前へ移動する足音がした。
そして、扉が開き、部屋に入る音。
そこまで聞いてから、佐々木は無言のまま、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
細く長い息を吐き出して、切なげに天井を見上げると、今日初めて見た、彼女の新たな一面に、暫く思いを馳せた。