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あい、見えます。
第6章 見すごせなくて
「あの……」
無言のまま受話器を握っていた佐々木の耳に、戸惑うような遥の声が響いた。
はっとして口を開き、誰もいないのに頭を下げてしまう。
「あぁ、すみません。ちょっと、待っててください。今、出ます」
慌てて受話器を切ると、自分の格好を改めて見て、溜息をついた。
食事を作る前にシャワーを浴びてから、そのまま寝ようと思ってスエット姿だ。
黒の上下の内側には、淡い紫の長袖シャツで、何の飾り気も無い。
せめて、と腕を捲りながら玄関に向かい、鍵を開けようと手を伸ばした所で、はっと気付く。
(あぁ、彼女には)
見えていないのだ。
自分の姿など、見えはしない。
そんなことも忘れて、すっかり動揺してしまっていた。
(馬鹿だな)
眉をハの字にしながらドアを開ければ、外廊下の明かりに照らされた彼女の姿があった。
解かれた髪が、夜風に揺れて、艷やかに光っていた。
扉を肩で支えて押し開きながら、佐々木は、穏やかに声をかけた。
「こんばんは」
「こんばんは。……あの、今日は、本当に、ありがとうございました」
「あぁ、いえ。災難でしたね。かなり、濡れてしまったでしょう」
「はい」
改めて、御礼に来てくれた、ということだろうか。
その真意を探ろうと、自然と眉が持ち上がる。
とりあえず外廊下に出ると、遥が急くような口調で「あの」と言葉を続けた。