この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
あい、見えます。
第6章 見すごせなくて
「あの…、佐々木さんは、紅茶は、飲まれますか?」
「紅茶?」
「……あ、珈琲、ですよね。きっと」
もどかしそうに表情を曇らせる遥に、佐々木は首を傾げた。
理由は分からないが、自分を知ろうとしてくれていることは嬉しい。
それに、自分だって、彼女のことを知りたいと思っていたのだ。
「紅茶も、飲みますよ」
穏やかに答えれば、視線を上げた遥に頷いてみせる。
「ルピシアの紅茶とか、香りが好きなんです」
男の癖にね、と柔らかい声で付け加えると、遥の表情が驚きから安堵に変わっていく。
(なんだろう)
高揚感が、あった。
遥の喜びを、自分の喜びのように感じ、その喜びは自分との会話で生まれているのだと思えば、体温がゆるりと上がっていく感覚を感じた。
そんな佐々木の前で、微笑んだ遥は手にしていた小さな紙袋を佐々木に差し出す。
「良かった。これ、今日のお礼です。本当に、助かりましたから」
掲げられた紙袋は、ルピシアのものだ。
面食らってから、直後、その気持ちに心が温かくなる。
こんなことをしてもらいたくて、手助けしたわけじゃなかったのに、何より心遣いが嬉しかった。
「そんな、申し訳ないです」
「いえ、いいんです。あの、……お礼、なので」
微笑んだまま紙袋を差し出され、断り続けるのも悪いかと右手を伸ばす。
佐々木の動きに動じる様子もなく、こちらを見つめたままの彼女の姿に、本当に見えないのだと、不意に何かが腑に落ちた。
白く細い指先に、不意に触れそうになる己を律し、佐々木は紙袋の横と底に両手を添えると、緩く微笑んで唇を開く。
「じゃあ、遠慮無く、頂いておきます。ありがとうございます」
「いいえ。私こそ」
両手を前に回して、丁寧に一礼した彼女は、「じゃあ」と小さく告げて、自宅のドアに戻った。
二人は、ほぼ同時に、ドアノブを握った。
それは、扉が開いた瞬間だった。