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あい、見えます。
第6章 見すごせなくて
「待って下さい」
急に凛とした声が横から響き、佐々木は思わず遥に顔を向けた。
俯いた彼女の表情はうかがい知れなかったが、その指が小さく震えて見えた。
何かあったのかと、佐々木が足を踏み出しかけた時、遥の声が再び佐々木の鼓膜を揺らした。
「佐々木さん、ごめんなさい。ちょっと、待っててください」
「え」
呆気にとられて口を開いたまま止まっていた佐々木の視界の中で、遥は無言で部屋の中に戻っていった。
(待ってろ、って言ったよな。今)
聞き間違いじゃなければ、この場で待っていて欲しいと、彼女は自分に告げていたはずだ。
(一体…)
不思議な願いの意味を考えている間に、開いた扉から、彼女が姿を表わすと、その手が伸ばされて、佐々木の二の腕に触れた。
「……」
指先で腕を柔らかく掴まれて、心臓が飛び跳ねた。
だが、その手は謝罪と共に、すぐさま離れる。
そして、「ごめんなさい」と謝った遥は、そのまま深く佐々木に向かって一礼したのだ。
「み、やもとさん?」
訳が分からず困惑する佐々木に対し、顔を上げた遥が、片手を差し出した。
(……!)
その手に握られた黒いものの正体は、佐々木にはすぐ分かった。
それは、数日前に失くしたと思っていた、佐々木の手帳、だった。