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あい、見えます。
第8章 見せて、触れて
だが、彼女の耳に次に聞こえたのは、佐々木の妙な声だった。

「あれ…。遥さん? ……あぁ、そうか」

一人で不思議がって、一人で尋ねて、一人で納得する彼に、思わず彼女は、自分の不安も忘れて顔を向ける。

「佐々木さん…?」

「あぁ、気にしないでください。ちょっと、驚いたんです」

声と共に、ベッド近くの何かがパチンと音を立てた。

「良かった。これで私にも、貴方が見えます」

声が近づき、ミントのような香りが鼻をかすめた。

(歯磨き粉…かな)

きっと、彼は、電気をつけたのだろう。

自分には馴染みのない音に、困ったように微笑むと、座っているベッドが軋んだ。

右隣りに気配がする。

「セミダブルだから、快適な広さ、とは言えないかもしれませんが、お客様に選択して頂くのが円満の秘訣ですね」

「選択?」

「はい。”落下の危険がある端側”か、”私に押しつぶされるかもしれない壁側”か、どちらが良いですか」

どこか気取った声音に、思わず遥は小さく笑ってしまった。

意識して緊張してしまったのが、馬鹿みたいだ。

ほっとしたら、肩の力が抜けた。

そうだった。

この人は、私を守りたいと言ってくれた人だった。

「じゃあ、壁側で」

「いいんですか? 朝には、呼吸困難になっているかもしれませんよ」

そう告げながらも、佐々木は遥が奥に寝やすいように、毛布を斜めに捲ってくれている。

空気の動きで、彼の動きを感じながら、遥も解れた心で口を開く。

「佐々木さんは、そんなこと、しないと思ってます」

「……」

予想していなかった沈黙に、遥が何か失礼なことを言ってしまったかと、表情から笑みを消す。

けれど、聞こえたのは、どこか照れたような佐々木の優しい声だった。

「そうですね。せっかく守りたいと思った人を押し潰してしまったら、一晩で独り身に逆戻りだ」

笑い混じりの言葉と共に、ベッドをポンポンと叩く振動が伝わった。

ほんの少し、緊張しながら、壁側に横になると、ゆっくりと、隣が沈み込むのを感じた。

柔らかな毛布が胸元にかけられる。

暫く二人で静けさに身を委ねてから、口を開いたのは、佐々木だった。



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