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テンプテーション【完結】
第3章 囲い込まれる野良猫
 そう言って貴博さんはため息をついた。
「ここまで育ってしまったら、そんなのは些末なことなのにな」
 とはいうけれど、ご両親にしてみればそれは大きなことなのではないだろうか。
「さて、と。物件の引き渡しはもう少し先になるそうだ」
 それで先ほど、管理人が今はいないと言っていたのか、納得。
 となると、それまでは今まで通り、別々に暮らすのか。……ちょっと淋しいな。
 その私の考えを読んだのか、それとも貴博さんも同じ気持ちでいたのか分からないけれど。
「あのマンションに住めるようになるまで別々は嫌だから、真白は俺の部屋に引っ越しな」
「……はいっ?」
「今度の土日にでも部屋の片づけをして、賃貸契約も解約だな」
 あまりの性急さに私はどうすればいいのか分からず、おろおろしていた。
「荷物は一時的にトランクルームにでも入れておけば大丈夫だろう? 後はお互いの家の家電も処分したり、新しいのを買ったり……と」
「あの、貴博さん?」
「ん?」
 どうにもついていけなくて戸惑いの声を上げると、貴博さんは申し訳なさそうな表情を向けてきた。
「ごめん……また空回ってた」
「いえ……その、戸惑いました」
 貴博さんのペースが速いのか、はたまた私がスローペースなのか、目まぐるしくてたまに追いつけない。
「やっぱり真白は、俺をコントロールするのが上手いと思うよ」
「……へっ?」
「すぐに俺、暴走するから、止めてくれないと困る」
 そういう風には見えないけれど、でも貴博さんのことを知っていくと、そうなのかもしれないと思うことは何度かあった。
 貴博さんは立ち止まると、私の耳元に囁いた。
「俺のストッパーになってくれて、ありがとう。俺の大切な奥さま」
 公道でいきなりそんなことを口にする貴博さんに、真っ赤になるのが分かった。思わず周りに人がいないか確認してしまった。幸いなことにだれもいないようだ。
「いきなりなんですかっ」
「照れてる?」
「照れますよ!」
 しかも甘ったるい、誘うような声で耳元で囁かれたんだもん。照れるに決まってるじゃないですかっ!
「真白のことはたくさん褒めて甘やかすって決めたからな」
「貴博さんのことは甘やかしませんよ」
「大丈夫。真白に充分に甘やかされてるから」
「どこがですかっ!」
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