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テンプテーション【完結】
第5章 幸せの誘惑(完)
 貴博さんは安心したような表情を浮かべていたけれど、私もそういえば最初に作った時、同じような気持ちでいたことを思い出した。そんなに昔ではないはずなのに、最近では一日が濃厚すぎてすごく昔のような気がしてしまうのだ。
 空っぽになった食器を持ってキッチンへと向かった。
 予想通り、スープが入っていると思われる鍋は寸胴だった。三・四日分くらいは余裕でありそうだ。
 スープについては覚悟をしていたからよいとして、サンドイッチに挟んだ具材の残りがどれだけあるのだろうか。
 ジャムはこの間買った瓶詰めのを使ったのだろう。これは塗るだけだから残ったら蓋をして冷蔵庫に入れておけば問題ない。ハムとチーズも同様だ。問題なのは玉子。何個使ったのだろうか。
「ゆで玉子は二個だけにした」
 ということは、サンドイッチに関しては残りはそれほど心配をしなくてもよいようだ。ほっとした。
「スープは夜も食べましょう。場合によっては明日の朝ごはんにもできそうですね」
「そうだな。ご飯を入れてスープご飯にしてもよさそうだ」
 それも美味しそうだ。
「コンソメ味に飽きたら、ご飯と醤油を足して卵でとじてもいいかもな」
 それはそれで美味しそうだ。
 さっき、お腹いっぱいに食べたはずなのに、まだ入りそうな気がするから恐ろしい。
 そして、ここで気が付いたことがある。この何気ない日常がとても愛おしいということだ。
 今までとそれほど変わっていないと思っていたけれど、好きな人と時間を共有できる贅沢な幸せを私は知ってしまった。
 今までなかった幸せを、貴博さんは私に与えてくれた。
「貴博さん」
「ん、なんだ?」
 貴博さんに一歩近づき、胸元の服を掴んで顔を上げた。
「今、とっても幸せです」
「…………俺も幸せだけど」
「だけど?」
 貴博さんは眉間にしわを寄せて少し苦しそうに私の顔を見つめてきた。この表情、覚えがある。そして次に言われる言葉も分かっている。
「俺はその幸せによって、理性が崩壊しそうなんだが」
 貴博さんからは予想通りの言葉が出てきた。
 その危険性はもちろん分かってましたけどね? でも、どうしても伝えたかったのよ。
 それに、昨日の疲れもあって、貴博さんに愛されているっていう実感を得たかったのだ。それは私のわがままであるってのは分かっていた。
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