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テンプテーション【完結】
第2章 自覚する想い
     *

 分かっていたけれど、貴博さんの実家は大きかった。だけどご両親はここには住んでいなくて、近くのマンションに部屋を借りているというのだ。同居だと思っていたのに、違っていたらしい。
 貴博さんについて行くと、たどり着いたのは駅前のとても立地条件の良いマンション。しかも最上階のようだ。
 部屋を呼び出すと、明るい女性の声がして、貴博さんが名乗ると、自動ドアが開いた。
 エレベーターに乗って該当階に行くと、一番奥の部屋のドアが開いていて、女性が待っていた。どことなく貴博さんに似ていたから、お母さまなのだろう。急に緊張してきた。
 ぎくしゃくとし出した私に貴博さんはすぐに気がついたようで、少し後ろを歩く私に笑顔を向けてきた。
「緊張してる?」
「してます……」
「しなくても大丈夫。とって食われないし、むしろ楽しみに待っていたから」
 楽しみにって、怖いから! すんごく怖いから! 逃げてもいいかしら?
 怖くて足を止めると、貴博さんに腕を引っ張られた。
「そういうところが野良猫っぽいよな」
 野良猫じゃないです! と言いたかったけれど、及び腰になって逃げようとしているところはそうなのかもしれない。だって怖いんだもん!
 だけど時はすでに遅く、貴博さんのお母さまと思われる人が笑顔で近づいてきたので、逃げることも出来なくなってしまった。
 お母さまは貴博さんの手前で止まり、貴博さんと貴博さんの後ろでびびりまくっている私を見てから口を開いた。
「よく来てくれましたね。お父さまが首を長くしてお待ちよ」
 ご、ごめんなさいっ! やっぱり私、逃げます!
 くるりと回れ右をして逃げようとしたら、貴博さんに首根っこを捕まれた。いやんっ。
 貴博さんを見上げると、楽しそうに私を見ていた。
「こら、逃げるな」
「ぅぅぅ」
 貴博さんは私の耳元に顔を近づけるとぼそりと囁いた。
「夕飯、おごってやるから」
 夕飯という言葉にぴくりと反応してしまった自分の浅ましさに笑えたけど、目の前にご褒美があれば頑張れる。
 別に私、人見知りをする性格ではないんだけど、貴博さんのご両親だよ? 緊張するなっていう方が無理でしょ?
 貴博さんに手首を捕まれてしまったので逃げられず、私は仕方なしにお部屋へついて行った。
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