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テンプテーション【完結】
第2章 自覚する想い
 貴博さんは私の左手を取り、薬指の付け根をなぞった。空きっ腹とはいえ、おちょこ一杯しか飲んでいないはずなのにぞくりとした感覚が背筋を走った。それは明らかに酔ったときとは違う妙な熱。
「ここに、俺とお揃いの指輪がされるんだ」
「……はい」
「真白は、結婚はまったく考えてなかった?」
 聞かれたので素直にうなずくと、苦笑された。
「本当に考えてなかったんだ」
「考えてなかったというか、そもそもが考えつかなかったです」
 友だちが結婚して何度か結婚式に出席しているけれど、憧れもしなかったし、ましてや、花嫁としてウエディングドレスを着るなんて思ってもいなかった。
 もちろん私も女なので、綺麗なドレスを着てみたいという気持ちはあった。あったけれど、着ることはないだろうと思っていた。
「真白は結婚式は派手な方がよい?」
「いえ。できれば身内だけで済ませたいと思っています」
「ああ、身内だけでいいかもしれない。真白のご両親はそれでいいと言うか?」
「どうでしょうか。兄と姉があんな感じですから……」
「あぁ、あれはかなり驚いたな」
 貴博さんはおちょこのお酒をぐいっと飲み干すとまた笑った。私は徳利から貴博さんのおちょこにお酒を注ぐ。少し黄色みを帯びたとろみのある液体が室内の明かりを反射していて、とても綺麗だ。
「父はあんな風に怒っていましたけれど、本心は喜んでいたと思います」
「真白と一緒で素直ではないのか?」
「……私は素直ですよ!」
「俺に対しては素直じゃないと思うけれど」
「そんなこと……ないですよ」
 と言ったけれど、貴博さんに対してはちょっと素直になれない部分もあるのかもしれない。だけどそれは、照れくささと遠慮があるからだと思う。
「となると、三人が一度に結婚か」
「……そうですね」
 思ってもいなかった事態にやっぱりちょっと早まったのかなと思ったけれど、だけど後一年待てと言われて私は待てただろうか。
 いや、それよりも貴博さんが後一年、待てなかったと思う。私もそんなに待たせたくないし。
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