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忘れられる、キスを
第16章 決着
「少し、おれの身の上話、聞いて?」

二人分の定食が運ばれるのを待って、倉田先輩が口火を切った。
はい、と頷くと、まあ、食べながらね、と倉田先輩が箸を渡してくれる。

「おれね、実は、ある企業の御曹司でさ」

倉田先輩が口にしたのは業界でも大手といわれる専門商社だった。
……ていうか、そこ、俺の就職先…?
確かに社長の名前は倉田、だったけど…まあよくありそうな苗字だし…この人、俺のことからかってる…?
今、倉田先輩が働いているのは同業他社、ってやつだし。
無意識に、怪訝そうな顔をしていたのかもしれない。
倉田先輩は眉尻を下げ、困ったように笑った。

「今は別の会社で修行中、って感じ?まあ、いきなりこんなこと言われても信じられないだろうけど…」
「し、信じます…」
「ありがと。んで、御曹司でしかも一人っ子のおれは、厳しい祖父母と父によって、跡取り息子として英才教育を受けてきたの」

自慢する風でもなく、淡々と、当たり前のように倉田先輩は話す。

「目の前にはいつも、きちんと敷かれたレールがあって、それを辿れば間違いはなかったんだ。けれど、おれの人生、それでいいのか、って人並みに疑問はあった。だから…」

倉田先輩は目を細め、優しく笑った。

「最初で最後の反抗をした。それが、ピアノを続けること、だった」

話の展開が分からなくなってきた。
俺は怪訝そうな顔になってしまうのを隠したくて、もくもくと目の前に出された定食を食べ続けた。

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