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忘れられる、キスを
第21章 ためらい
『今日、良かったらスターライトで夕飯にしませんか?店長がオムライスご馳走してくれるそうです』

6月も終わりに近づいたある木曜日の午後、星くんからそんなメールが入った。
3月頃から続いていた忙しさは一度は終わりを見せたが、辞めてしまった同僚の分の仕事の大半が私に回され、未だ忙しい日々は続いていた。
今日も、定時には帰れなさそうだ。
その旨を星くんに伝えると、『待ってます』と短い返事が返ってきた。
星くんを待たせてしまう、と思うと俄然仕事のスピードが早くなった。

「深町」

声をかけられて、振り向くと、頬にひやりと何かを当てられた。

「わっ…は、早坂さん…!」

顔をあげたそこには私がサポートを担当する営業の早坂耕史(はやさかこうじ)さんが立っていた。
頬に当てられた冷たいものの正体は、私のお気に入り、少し甘めの豆乳ラテ。
驚かせたな、と早坂さんが笑う。

「俺はこれから出かけてそのまま直帰するから。深町もあんまり根を詰めすぎるなよ」
「あ、ありがとうございます」

一息入れとけ、と豆乳ラテを渡してくれた。
ほんの少しの気遣いが嬉しい。
三十代後半の早坂さんは、年の離れた兄のように、私のことを心配してくれる。
営業成績はトップクラス。
優しくて、穏やかで、細やかな気遣いが出来て、おまけに自他ともに認める愛妻家。
そんな素敵な上司のもとで働けることが私は少し誇らしかった。

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