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忘れられる、キスを
第21章 ためらい
「今日、千代子(ちよこ)さんの誕生日でしたよね」
「ああ、早く帰ってやらないと…また拗ねられるからな」

千代子さんは早坂さんの奥さんだ。
料理とガーデニングが趣味という素敵な女性だ。
新人の頃、私は早坂さんの家に招かれ、千代子さんに会った。
早坂さんが職場の人を家に連れてくることは珍しかったそうで、それ以来私のことを色々気にかけ、たまにランチをしたりもしている。

「これ、千代子さんに…」

ささやかながら私もお祝いを渡した。

「紅茶かー早速今夜のケーキと一緒にいただくとするよ」

ありがとうな、と早坂さんが笑って、ぽん、と頭を撫でてくれる。

「じゃ、あんまり遅くならないうちに帰るんだぞ」

そう言って、早坂さんが出かけてしまった。
その後ろ姿を見送ってから、私は豆乳ラテにストローを差し込む。
ほんのりとした甘さが疲れた身体に心地よい。
長時間のデスクワークで凝り固まった身体をぐっと伸ばした。

「深町」

後ろから声をかけられ、伸ばした身体がぎゅっと縮こまる。
早坂さんとは違う、低い声。
この声は…

「さ、佐野さん…」

恐る恐る振り向くとそこには早坂さんと同じ営業の佐野大毅(さのだいき)さんがニコニコと笑いながら立っていた。
その笑顔を見た途端、身体にゾクリとした寒気を感じた。

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