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忘れられる、キスを
第28章 警戒
タクシーが走り去ると、かくんと膝から先輩が崩れ落ち、その場にしゃがみ込んでしまった。
身体が小刻みに震えている。

「どうしたの」

問いかけに答えはない。
震える肩に手を添えると、びくりと身体を揺らした。

「先輩?大丈夫?飲み過ぎ?」
「ちが…ごめんな、さい…」

首を振り、俯き加減で話す。
なんとか手を取って立ち上がらせたが、足元が覚束ない。

「歩ける?タクシー乗る?」
「大丈夫…」

きゅっと俺の手を握り返してくる。
怯えた目がこちらを見上げていた。

「帰ろう?」

なんとか駅までたどり着き、電車に乗り込む。
気持ち良さそうに酔ったサラリーマンたちや学生たちが大声で話す中、先輩はじっと黙ったままだった。
最寄り駅から先輩のアパートまでの間も、沈黙が続いた。

「着いたよ、先輩」

促して、鍵を開けてもらう。

「さっきの人、上司?」

ベッドに座らせ、聞いてみる。
うん、と小さく頷いた。

「なんか、揉めてるみたいだったけど」
「よ、酔っ払ってて…佐野さん…送ってくれるって言ってたんだけど、星くんが来てくれるって言ってたから…」

言葉の歯切れが悪い。
不安げに、瞳が揺れている。

けれども、大丈夫、気にしないで、と先輩が言うので、それ以上は何も聞けなくなってしまった。

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