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忘れられる、キスを
第29章 嫌悪
ようやく店の外に出る頃には、十一時半を過ぎていた。
酔いが回って赤ら顔の佐野さんが、私の肩に手を回し、がっちりと掴む。

「遅くなっちまったなあ、深町、送っていくよ」
「や、あ、大丈夫です…!ま、まだ電車ありますし…は、反対方向なので…!」

佐野さんの手がするりと、腰へ下りる。
脇腹を撫でられ、ぞわぞわと身体に恐怖が走った。

「きゃ…や、やめてくださ…」
「送ってやるよ。タクシーを拾おう」

そのまま、駅近くのタクシー乗り場まで引きずられるように連れて来られた。
ものの数分で私たちの前にタクシーが止まる。

乗っちゃダメだ。

頭の中で危険信号がなる。

星くん、早く、来て。

届かない祈りを心の中で叫ぶ。
再び、肩を掴まれ、車内に押し込まれそうになる。

「遅いからな、一人じゃ危ないだろ」
「だ、大丈夫です、帰れます…!」

必死に叫んだ。

「あの…!」

不意に声をかけられた。

この声。
まさか。

そこには、驚いているような、戸惑っているような、星くんがいた。
星くんは、「弟です」と私の手を取り、佐野さんをタクシーに押し込んだ。

タクシーが走り去ると、急に身体の力が抜け、私はその場にへたり込んでしまった。
身体の震えが止まらない。

「帰ろう?」

握られた手を離さないよう、きゅっと握り返した。
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