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忘れられる、キスを
第30章 震え
「え、あ、間違えました!」

慌てて電話を切ってしまう。
画面を見直すと、間違いなくえっちゃん先輩の電話番号だ。
もう一度、掛け直す。

今度はコール音二回ですぐに出た。

「もしもし、先輩?」
「深町絵津子さんのご友人の方ですか?」

さっきの知らない男の声だ。

「だ、誰、ですか…」
「あ、私、早坂と申します。深町さんの上司です」

上司、と聞いて、先輩をタクシーに押し込もうとしていた男を思い出す。

「あ、あの、先輩は…」

動揺して上手く声が出ない。

「落ち着いて、聞いてください。今、深町さんは病院にいます」
「病院?な、何で…病気か何か…」

落ち着いて、と男の人が言う。
どうやら、就業中に倒れて、会社近くの総合病院に運び込まれたらしい。

「お、俺今から行きます…!」

仕事中に倒れるなんて、何があったのだろうか。
何か持病を持っているとも特に聞いたことがない。
転がるように家を飛び出すと、その勢いのまま、タクシーに飛び乗った。

病院のすぐ脇に付けてもらい、支払いもそこそこに病院内へと駆け込む。
受付のお姉さんは、しどろもどろに説明をする俺を怪訝そうに見ながらも、先輩のいる病室を教えてくれた。

「病院ですよ、走らないで」

足がもつれそうになりながら走る俺の背中から鋭い声が聞こえた。
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