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忘れられる、キスを
第32章 雛鳥
「すみません、お休みの日に…」

後部座席に乗り込んだ先輩が言った。
バックミラー越しに、早坂さんが微笑む。

「いいよ。少しは上司に甘えろ」
「たくさんご迷惑をかけてしまって…」

先輩が、きゅっとパーカーの裾を引っ張る。
眉を下げ、俯いてしまう。
早坂さんがミラーの位置を確認しながら、車を出した。

「あのな、深町。お前は、何にも悪くないんだぞ」
「………」
「何にも、悪くない。お前が謝ることは、いっこもない」

アクセルをゆっくり踏み込み、スーッと車が進む。

「俺は、お前の上司なのに、なにもしてやれなかった。…助けてやれなかった」
「そんな…」
「悪かった……頼らせなくて。お前を、傷付けてしまって…」

苦しそうな表情がミラー越しに見える。

「深町、お前は来週いっぱい休みだ」
「…謹慎、ですか?」
「有休だ。お前は休まなすぎる。この際、早めの夏休みだと思って取っとけ」

はい、と先輩が小さく呟く。
早坂さんが、ちらり、と俺を見た気がした。

「こっちの…会社のこととかは任せておけ。俺が、責任を持つ」

信号が赤に変わる。
速度が落ち、ぴたりと止まった。

「星くん、そっちは任せたから」
「は、はい…!」

俺は、そっと先輩の手を握った。
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