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忘れられる、キスを
第34章 夏休み
朝食の片付けも終わり、特にやることのなくなった俺の視界に、ふと、部屋の隅に置かれた電子ピアノが映った。
何冊かの楽譜が無造作に重ねられている。
「弾いてもいい?」
「うん、音量はあんまり上げないで」
電源を入れ、指慣らしのエチュードを弾く。
ぱらぱらと譜面を捲る。
何度も練習したと思われる紙のくたびれ具合。
表紙の右上にサインがあった。
あ、これって…
「ね、これ、倉田先輩の楽譜?」
薄れかけた鉛筆は、辛うじてT.Kurataと読める。
「そ、卒業の時に…もう弾かないからって…」
頬を染め、先輩は気まずそうにごにょごにょと喋る。
嫉妬に、チリッと心が痛む。
「好きな曲、言って。俺が、弾いてあげる」
「え…と」
わざわざ聞かなくても、楽譜を見れば、先輩がどれを練習していたかすぐ分かる。
筆跡の異なる、二つの書き込み。
「…リスト」
「愛の夢、ね」
そのページは開きぐせもついている。
えっちゃん先輩は、この曲を、倉田先輩のことを想いながら弾いてたの?
性懲りも無く、俺は倉田先輩に嫉妬していた。
倉田先輩とえっちゃん先輩とが過ごした時間は限りなく綺麗な思い出になって、心にしまわれている。
消し去りたいわけじゃない。
ただ、思い出す隙がないくらい、俺でいっぱいにしたかった。
何冊かの楽譜が無造作に重ねられている。
「弾いてもいい?」
「うん、音量はあんまり上げないで」
電源を入れ、指慣らしのエチュードを弾く。
ぱらぱらと譜面を捲る。
何度も練習したと思われる紙のくたびれ具合。
表紙の右上にサインがあった。
あ、これって…
「ね、これ、倉田先輩の楽譜?」
薄れかけた鉛筆は、辛うじてT.Kurataと読める。
「そ、卒業の時に…もう弾かないからって…」
頬を染め、先輩は気まずそうにごにょごにょと喋る。
嫉妬に、チリッと心が痛む。
「好きな曲、言って。俺が、弾いてあげる」
「え…と」
わざわざ聞かなくても、楽譜を見れば、先輩がどれを練習していたかすぐ分かる。
筆跡の異なる、二つの書き込み。
「…リスト」
「愛の夢、ね」
そのページは開きぐせもついている。
えっちゃん先輩は、この曲を、倉田先輩のことを想いながら弾いてたの?
性懲りも無く、俺は倉田先輩に嫉妬していた。
倉田先輩とえっちゃん先輩とが過ごした時間は限りなく綺麗な思い出になって、心にしまわれている。
消し去りたいわけじゃない。
ただ、思い出す隙がないくらい、俺でいっぱいにしたかった。