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忘れられる、キスを
第34章 夏休み
「もう、どうしてすぐ…」
「先輩が、好き、とか言うから」

俺の言葉に、ぱっと顔を赤らめる。

「そ、それは…そういう意味じゃ……」

……それ、地味に傷付く。

どんなに唇を重ねても、触れることを許されても、その言葉は、先輩から聞けない。

「ね、倉田先輩に関係ない好きな曲教えて」
「ど、どれも関係な…」
「倉田先輩の弾いてた曲でしょ、ショパンもリストも…あとドビュッシーも」

こんなこと、言うつもりなかったのに。
どの曲を、どんな理由で好きだろうと、先輩の自由だ。
なのに、こんな、責めるみたいに。

「ちょっと、詰めて」

先輩がほんの少し、椅子の真ん中に寄る。
すっと、白い指が鍵盤に乗り、優雅で繊細な旋律が流れ出す。

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
その旋律を奏でる先輩の表情は、優しく、窓から差し込むきらきらした光の中で弾く姿はとても、綺麗だった。

すぐ真横で、これを見られるのは、俺の特権。
些細な嫉妬に駆られていたことが馬鹿らしくなる。

「この曲ね、初めてピアノの演奏会に行った時に聴いた曲なの」
「ピアノを始めるきっかけ、ってこと?」
「うん、この曲が弾けるようになりたくて、始めたんだ」

聴いてくれて、ありがとう、と先輩がにっこり笑った。
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