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忘れられる、キスを
第34章 夏休み
しばらくの間、遊びのようにピアノと戯れ、二人で交代で弾いたり、連弾したりしていた。
なんてことない時間が、とてつもなく幸せだった。

「ね、学校もバイトもしばらくないんだよね?」

ふっと、思い出したように、先輩が言う。

「うん。先輩が休みの一週間は、なんの予定もない」

こんな時こそ、側にいたかった。
気丈に振舞っていても、ふとした時に、一人で泣いてしまいそうな脆さがあった。

「じゃあ、さ。買い物、一緒に来てくれる?」
「夕飯の?荷物持ちならするよ」
「そうじゃなくて…」

鍵盤を丁寧に拭き、カバーをかけて蓋を閉める。
スカート、と先輩が呟いた。

「ん、何?」
「星くんに、選んでもらいたくて。新しいの」

無惨に引き千切られた薄緑のスカートが脳裏に過る。
初夏のような、綺麗な色だった。

「ん、行こう。今からでも」
「お昼、食べてからにしよう?お腹空いちゃった」

眉を八の字に下げて、恥ずかしそうに笑う。
少し食欲が出てきたのかと思ったが、やはり、まだ本調子ではないのだろう。
ちょっと悩んでから、小さなロールケーキを取り出した。

「まーたそんなのばっかり食べて…」
「だ、だって、悪くなっちゃうし」
「太るよ?まあ、止めないけど」

二の腕の辺りを摘まむと、や、と、小さな声が漏れた。
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