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忘れられる、キスを
第5章 優しさ
よく考えたら、私も星くんも、昨日の夜はコーヒーとチョコ一粒しか食べていない。
私たちは、近くのファミレスに行くことにした。
二月の朝の空気が、空腹の身体に堪える。

「先輩、手、貸して」

そう言われて、答える前に、ひょいっと左手を取られる。
そしてそのままコートのポケットに突っ込まれた。

「あ、あの…」
「このくらいは、許して」

こちらを見ずに言う星くんの横顔が、昨晩の星くんとダブって私は慌てて目をそらした。
手袋をはめた星くんの手が、コートのポケットの中で私の冷たい指先を温める。
この手を握り返すべきか、私の手は迷って、結局ふらふらとされるがままになっていた。

土曜の早朝のファミレスは人も疎らだった。
星くんは席に案内されたところで、ようやく、手を離してくれた。
左手の指先がじんわり温かい。

「先輩、なに食べる?」

懐っこい笑顔で私にメニューを手渡す。
この顔。
私なんかに構わなくても、女の子には困らないんじゃないかな。

「先輩?まだ眠いの?」

急に顔を覗き込まれて、後ずさる。
余計なことを考えていたことを悟られないよう、わざと不機嫌を装う。

「も、もう決めたから…あと、卒業しても、先輩なんだから、敬語、使いなさいよ」

ジトッと睨むと、星くんはあまり悪びれもせずへらへらっと笑った。
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