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忘れられる、キスを
第49章 キス
徐に星くんが座ると、拍手が収まった。
予定にはない行動に会場がざわめく。

アンコール、かな?
勝手にやったら、他の人怒るんじゃないかな…

ほんの少し、心配が過る。
星くんがふっと息をつき、鍵盤に指を乗せた。

え、この曲…

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
私の一番好きな曲。
ピアノを始めたきっかけの、大切な曲。

星くんは、覚えていたんだ。
私が弾いたこの曲を。
私の話したことを。

ぽろり、と涙が落ちた。
あっ、と思った瞬間、それは止まらなくなり、後から後から零れてきた。
星くんの音が、私を優しく包む。
広い会場の、大勢の人の前で、私だけに向けられた、星くんの音。
あたたかく、柔らかな音が星くんの想いを伝えてくる。どうしようもないほどの幸福感が私を満たしていった。

演奏が終わり、拍手が鳴り響いても、私は顔を上げることが出来なかった。
ただただ、幸せで、それは抱え切れずに、涙となって溢れ出てしまう。

星くんが客席に向かってまた、二度、三度と深い礼をして舞台袖へと消えて行った。

堪えようにも止まらない涙を抑え、零れそうになる嗚咽を飲み込む。

ちゃんと、言わなくちゃ。
私の気持ちを。

薄暗がりの中、ゆっくり深呼吸をした。
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