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忘れられる、キスを
第7章 風邪
星くんはまた眠ってしまったが、キッチンの様子から見ても、きっとほとんどなにも食べていないのだろう。
本人の意向もあるが、ひとまずは冷蔵庫の残り物でお粥を作ることにした。
寒がっていたし、温かいお粥なら、一口くらい食べてくれるかもしれない。

人の家のキッチンを勝手に探るのは気が引けるが、仕方ない。
片手鍋を取り出し、タッパーのお米をあける。
調味料は……大丈夫なのかな…このお醤油…
冷蔵庫の隅に置いてあるボトルを取り出す。
賞味期限はまだ、ギリギリ大丈夫。
適当に味を見て、卵をおとす。
火加減は、弱め。
火は通しても、ふわふわ感を損なわないように。

出来たてのお粥を、ご飯茶碗によそう。

「おーい…星くん…?お粥作ったけど…食べる…?」

ぴくり、と瞼が動く。

「ん、食べ…」

起き上がろうとして、ぴたり、と動きが止まる。
それから、そろり、そろりとベッドから這い出す。
そのまま、テーブルにつくのかと思いきや、パソコン用机の上にあったゴツいヘッドホンをとり、いきなり私に装着する。

「えっ…な、なに…?」
「お、俺がいいっていうまで、外さないで…」

そういうと、ヘッドホンの先に繋がれたウォークマンを操作する。

ジャーン!と大音量で流れてきたのは、ベートーベンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」。
私がびっくりして、ヘッドホンを外そうとすると、星くんは口パクで「だ!め!」と言ってきた。
目つきも、なんだか怖い。

私は大人しく、「皇帝」を聴くことにした。
星くんは、腰をさすりながら、壁を伝って、トイレの方へと消えていった。


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