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忘れられる、キスを
第1章 バレンタインデー
「チョコ…どうしよう」

ため息と一緒に独り言が零れた。

先輩からのドタキャンメールを見た後、ぼんやりと電車に乗っていたら、落ち合う予定の駅から更に数駅先の母校のある駅まできていた。

卒業してからは忙しさにかまけて、1度も顔を出していない。
懐かしくなり、先輩と初めて会ったサークル棟まで行ってみることにした。

時刻は19時を少し過ぎたところ。
まだまだ、多くの学生が構内を出入りしていた。

今日は金曜日。
うちのサークルは火曜と木曜が活動日だったから、おそらく部屋には誰もいないだろう。

階段をのぼり、最上階の踊り場に出る。
案の定、しんとして人気も無かった。

先輩の弾いていたピアノはまだそこにあった。
今も誰かが弾いているのだろう。
ポーンと鍵盤をたたくと、心地よい反響音がした。

卒業をしてからも、ピアノは細々と続けていた。
続けることが、私と先輩を繋ぐ唯一のものだと思っていたのだ。

そっと椅子に腰掛け、鍵盤に触れる。

あの時、先輩が弾いていた曲。
甘く、優しく、切なげな音で。

ショパンの「別れの曲」。

思えば、出会った時から「別れの曲」だったのだ。
別に、別れたわけではないけど。
あまり、上手くいかない運命だったのかも。

感傷に浸って、ひとりごちる。

2月の冷たい空気を吸い込み、深呼吸。
あの時の先輩の音を思い出しながら、指先に力を込める。

先輩、好きです。
好きなんです、どうしようもなく。

そう思ったら、知らずに涙が零れていた。



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