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忘れられる、キスを
第11章 恋
先輩に連れられて入ったのは雰囲気のいい和風居酒屋だった。
半個室の席なので周りの声も気にならない。

「この前はほんとごめん」
「いえ…お仕事じゃ、仕方ないです」

ちりっと胸が痛む。
本当は泣いてしまうくらい辛かった、なんて、言えない。

「深町さんは、仕事どう?忙しい?」
「最近、突然辞めちゃった人がいて……」

ぽつり、ぽつりと他愛ない会話が続く。
元々私も先輩も口数の多い方ではない。
けれども、こうして会って、話をするときは、緩やかに、でも、途切れることなく、言葉が行き交う。

先輩の話し方は少しゆっくりで、早口でまくし立てたり、強引に話題を変えたりすることがなくて、それがいつも心地よかった。


幸せで、楽しい時間はあっという間。
気付けば時計はそろそろ十一時をさすところだった。

「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ、大丈夫です。ご馳走さまでした」

店を出ると、四月にしては冷たい風が顔を撫でる。
先輩と並んで歩くと、ふつりと会話が途切れた。

言いたいこと、あるのに。
今、言わなくちゃ。
伝えなくちゃ。

息が上手く吸えない。
鼻から大きく吸って、吐く。
落ち着いて。

「先輩」
「ん?」

急に立ち止まった私を先輩が不思議そうに振り向いた。



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