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やさしいんだね
第2章 情熱は二種類
「今日は無理!ていうかさ、新しい子が入ったんでしょ?その子を行かせばいいじゃん!」



 小百合の右手に持ったままのペンについた小さいプラスチックのウサギが呼吸に合わせて小刻みに揺れている。
 頭の中には、先日ソンの事務所兼自宅でたまたま鉢合わせした新入りの背の高い少女の姿が浮かんでいた。


 色褪せたTシャツに、スウェット素材のハーフパンツ姿のその子は短めのボブカットに赤いメタルフレームの眼鏡を掛けていた。分厚い一重瞼と冴えない団子鼻、かさかさひび割れたおちょぼ口。
 どこで拾ってきたか知らないけど、商売になる気配のない子だった。
 けれど、小百合には関係のないことだ。

 塾のテストで合格しなければ特進クラスに進級出来ない。
 すなわち高校受験が出来なくなる。
 第一志望の進学校に入らなければ、身を売って金を貯めている意味がなくなるのだ。


「あの子、そうだ!あの子を行かせてよ。私は絶対行かない!」


 頑なに首を横に振るがソンはなおも諦めずに、


〈だめだめ、あいつはいっぺんクレーム出したからクビにするつもりなんだよ。なぁ小百合、今日は1割半でいいから、頼むよ〉

 と、小百合の直感通りの回答を述べた。


「無理なもんは無理だって」
〈頼みますよぉ!そこをなんとか!〉
「もうー!しつこいなぁ!切るよ!」
〈まてまてまて!言い忘れてた!今日はな、絶対小百合じゃなきゃだめだって客なんだよ〉


 ソンの言葉と同時にある人物の顔が浮かぶ。
 途端に小百合はさっきまで見もしなかったミニーマウスの目覚まし時計に目をやって、ホテルから塾までの道のりを計算し始めていた。


「・・・まさか、色黒さんだったりする?」


 小百合の声は期待を孕んでいる。

 ソンはくくくと笑い〈そーだよ!色黒さんのご指名!〉と言って一方的に約束の時刻を告げると、気難しい小百合の機嫌をとるために寒気がするような誉め言葉をつらつら述べた上で、やはり一方的に電話を切ってしまった。

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