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やさしいんだね
第4章 ロストバージン
「医者に?」


 佐治は視線を小百合に移し、驚きを隠しきれない様子で尋ね返した。
 

「そう。医者になって私たちをバカにしたやつを見返したいと思ったの」
「・・・そうだったんだ」
「本末転倒だって思う?」

 小百合の胸は不安に高鳴っていた。
 けれども佐治は小百合の不安とは相反した優しい眼差しを向け、首を横に振った。


 小百合の背中に佐治の心臓の鼓動が響く。
 身体だけでなく、心まで佐治の大きな身体に包まれているような気がした。

「ありがとう。私ね、どうしても中学生のうちに学費を貯めたいんだ。高校に入ったら大学受験のことだけ考えたいから」

 佐治はしばらく黙り込んでいた。
 抑えた静かな息遣いが小百合の耳の中に響く。
 低音で唸る換気扇の音が遠くに聞こえた。
 あと何分残っているだろう。考えたとき、佐治は再び口を開いた。

「医大か・・・学費、高いからな」

 小百合の脳裏に学費5000万円の私立大学が浮かんだ。
 赤い煉瓦造りの立派な校舎。
 裕福そうな学生。
 門の外で縦列した外車に張られた駐車違反の黄色いステッカー。

 小百合はゆっくり左右に首を振った。
 湯船の表面に浮かんで広がる小百合の長い髪がゆらゆらとうねって佐治の身体にまとわりついていく。

「・・・私立は高いから、国公立を受けたくて。そのために▲▲高校に入るのが目標。実は塾の合間に働かせてもらってるんだ」
「▲▲高校?」


 振り向くと、佐治は今度はしっかりと小百合の顔を見据えていた。


「そう。知ってる?」


 小百合の問いに、佐治は答えなかった。
 代わりに小百合の身体をきつく抱きしめ、うしろからキスをする。
 動いた拍子に尻の位置がずれ、ズキンと痛みが走った。


「・・・出ようか」


 次に口を開いたとき、佐治はいつもと同じ、優しい微笑みを日に焼けた顔全体に浮かべて湯船から立ち上がりながら、小百合のことを見つめていた。
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