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やさしいんだね
第4章 ロストバージン
 赤い点滅ランプとクリーム色の車体が騒がしい夜間の駅前に紛れて遠くに消えて行くのを見届けてから小百合はひとり肩を震わせ、濡れた髪を気にしながら夜空に煌々と光を放ち続けている駅のほうへ足を向けた。



 JRと私鉄が混線する駅前は、金曜日の午後9時過ぎということもあり、たくさんのサラリーマンや学生で溢れ返っている。



 路線図で慣れない最寄り駅への帰路を確認しながら、小百合はソンの事務所で自ら首を切り、そしてソンの手によって闇に葬り去られる不遇な人生の持ち主である、一度だけ顔を合わせたおちょぼ口で陰気な少女の顔を思い出そうとしていた。


 けれども努力するたびに、佐治の声が脳裏を過ぎる。



 ―――シズクちゃん、好きだ・・・。



 ため息を吐くたびに背中がずっしり重たくなる。
 


 ―――経済的に余裕のある男と出会って・・・



 佐治に奪われた処女は違和感を残しているだけで、すでに痛みは感じなかった。


 券売機に硬貨を投入し、ふと気付く。
 思えば、ソンの誘いに乗ってこの仕事を始めて以来、塾まで電車に乗って通ったことは数えるほどしかなかったかもしれない。
 もっと言えば、家まで電車で帰ることなど、はじめてかもしれない。
 それだけ“仕事に打ち込んで”生きてきたということだろう。
 脳裏に再び佐治の優しい顔が浮かぶ。


 ―――不遇な人生ごともらってもらう。とか・・・・。

 

 小百合は濡れた髪を右肩から前に下ろし、毛先をしきりに気にしながら足取り重く改札に向かった。


 駅構内は立ち食いそば屋から漂ってくるだしの匂いに包まれている。
 正確には、改札から出入りする乗客のさまざまな口臭や体臭がだしの匂いに混じった複雑な匂いだ。
 酒、煙草、汗、脂、香水、柔軟材、それから、男女それぞれの場所から臭う、それぞれの臭い。


 耐え続けていた吐き気が改札に切符を差し込もうとした瞬間限界を超え、小百合は踵を返した。
 口元を手で押さえながら、頭の中では目の前にあるトイレに駆け込んで胃の中を空にしたあと、さきほどのぼってきた階段を下りて目の前に広がるバスロータリーの片隅で列を成すタクシーの先頭車に乗り込む自分を想像していた。



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