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やさしいんだね
第4章 ロストバージン
「八田先生・・・?」


 小百合は呆然としたにも関わらず、教師である八田に対する嫌悪を瞬間的に抱き、無意識のうちに眉間に皺を寄せながら目の前に佇む彼の姿を眺めた。
 立冬を過ぎたというのに八田は薄手のジップアップパーカーに薄手のハーフパンツ姿で、足元はゴム製のサンダルという寝巻きのようないでたち。
 伸び切った電話のコードのような頭髪は無造作に額や耳のうえにかかり、全体的にだらしない印象を与えている地方公務員の姿。
 
 今朝と帰りにも同じいでたちの彼と教室内で遭遇しているはずなのに、小百合は八田に初対面時に抱いた嫌悪感を再び抱いた。


「見かけたから」


 黙り込んでいる小百合を前に、八田は身に着けているパーカーのジッパーを引き下げながら、聞かれてもないのに引き止めた理由を述べた。
 訝しむ小百合の前で八田は自身の雰囲気とよく似た陰気な濃灰色のパーカーを脱いでしまうと、徐に小百合に向かって差し出した。


「そんなことより、これ。家に着くまで腰にまいてなさい。月曜日に返してくれたらいい。洗濯はしなくていいから」



 唖然とする小百合の胸元に、八田は生暖かいパーカーを押し付けた。
 意味が分からずとも受け取るしか選択肢のない小百合の目に入った八田のTシャツの柄は、ポパイが上腕二頭筋を強調しているイラストがプリントされたものだった。



「じゃあ」



 八田は小百合がパーカーを受け取ると、足早に改札へ向かう人々の波の中へ戻っていった。
 八田の広い背中が雑踏に紛れて消えていく。
 小百合は、先月生まれたという彼の3人目の赤ん坊の姿を想像してしまっていた。


 ズキン。
 思い出したかのように初めての痛みが小百合の全身を貫き、小百合は八田への嫌悪感もあいまって僅かに顔を歪めた。


 ―――あんな男でも、家庭を持てるというのに。


 小百合は行き場のない感情を八田への嫌悪感へとすり替え、改札に向けていた足を階段に向けて引き返した。
 やはり今日だけはタクシーで帰ろう。
 手に持ったままの八田のパーカーは、文化住宅の押入れのような古びたにおいがした。


「ちょっと、お譲ちゃん」


 女性の声が聴こえ、小百合は顔を上げた。
 目の前には小太りの初老女性が険しい顔をして佇んでいた。
 女は肉付きのいい手を口元に当て、小百合に耳打ちした。
 

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