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やさしいんだね
第5章 鮮血と赤箱
 八田はハンドルを操作しながら片手で器用にケースの底をハンドルに打ちつけ、中から飛び出た1本を口に咥えると、再びダッシュボード内を探り、今度は安っぽいオレンジ色の100円ライターを取り出した。


「しかしだ。無駄な労力を後悔しつつ俺が君の手帳を閉じ、鞄の中に戻そうとしたとき、間に挟んであった何かが床の上に落ちた。拾い上げてみると、それは、生年月日とスリーサイズとカレンダーまで詳細に記載された、ピンク色の名刺だった」



 乾いた音と共に小百合の鼻腔を紫煙がかすったとき、ようやく小百合は八田の煙草がラークであったことに気付いた。



「・・・ところで、さきほどの話でひとつ言い忘れたことがある。前途のババアだが、源氏名をサユリと名乗っていた。俺は君の手帳に挟んであった名刺を見て、さきほどの話を思い出した、というわけだ。この意味が理解出来るかい?」


 窓の景色は小百合の知らない道を通り過ぎていく。


「君の学力の高さは学年でも上位だ。頭の良い君の読解力を俺は信じている。俺が何を言いたかったのか、以上の発言内容から察してもらえるだろうか?ところで、君の診察が終わってもなお君を迎えにこれそうな保護者に相当する人物を探し出すことが出来ず、更には君が健康保険証を所有していなかったために自費負担を立て替える事態に陥り、自宅までのタクシー代の都合がつかなくなったために君を待合で待たせた上で一度JRで自宅まで帰り、車をとってきて再び君を迎えにきたというわけだ。そして、軽症であったとはいえ、多量出血して倒れるほどの裂傷を負った君を保護者不在の自宅に送り届けるわけにもいかないために、君にとっても俺にとっても非常に不本意なかたちではあるが君を俺の自宅で一晩養生させたうえで明日の朝、君の体調を見て再度君のお母さんに連絡を取ってみる、という形式で俺は、たまたま運悪く駅で出くわしてしまった君の担任としての義務を果たそうと考えているんだが、君はどう思っている?なにか別の考えがあるのなら考えを聞かせて欲しい。少なくとも、君が俺を待っている間に逃げ出したりしなかったことを踏まえれば、意義はないものと捉えても構わないのだろうか?」
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