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やさしいんだね
第6章 他人の快楽は夕刻の改札で
「んだよ、かわいくねぇなぁ。せっーかく“叔父ちゃん”が迎えに来てやったって言うのにさ」


 ソンは作り笑顔のまま肩をすくめ、小百合から身体を離すとハンドルを握りアクセルを踏んだ。
 バックミラーに映る八田のマンションが遠くなっていく。
 小百合は時折ひっくひっくと肩を揺らしながら、熱を帯びた鼻と瞼を何度も擦った。
 髪に昨晩のやさしい手のひらの感触が蘇る。
 思い出さないようにしながら、小百合はソンに告げた。


「先生、本当は奥さんの実家に行く途中だったんだって。生まれたばっかの赤ちゃん迎えに行くために」


 土曜日の早朝。
 山間の公道は人気がない。
 小百合は窓を開け、八田の車よりも煙草くさい車内に冷気を吹き込んだ。
 けれども完全休日を決め込んでいるらしいソンはどこからともなく煙草を取り出し火をつけた。


「あぁ~・・・。あのセンコーだったのか。そういや、子供が生まれてどうとかこないだ言ってたもんな。あのセンコーかぁ・・・。へぇ、いいねぇ」


 ソンの唇に挟まれた煙草の先端が赤い炎を上下に揺らしている。
 それを見つめながら、小百合は呟くように尋ねた。


「・・・なにが“いいねぇ”なの?」


 冷たい風が小百合のごわついた髪と濡れた顔を拭き抜け、ソンの横顔を撫でつける。
 ソンはふふっと笑い、煙草を指の間にはさんで唇から離した。


「なにって、べつに?なんだろな。適当に言っただけだよ」


 黄ばんだ歯の隙間から白い煙が吐き出される。
 ソンは揉み上げから続く顎鬚を撫でながら黒目だけを小百合のほうに向け、まったく笑顔のない声で、

「・・・そういうことにしとこうぜ」

 と、そのように返答した。
 小百合はぷいっと顔を背け、窓の外の景色を眺めている。
 ハッ、とソンは呆れたように笑い、

「まぁまぁ、今日はせっかくの休みなんだからさ。どっか行くだろ?まずはお互いに見てくれをどーにかしねぇとなぁ。いっぺんウチ帰るか」

 そう言い捨てると、ラジオをつけた。




 
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