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やさしいんだね
第6章 他人の快楽は夕刻の改札で
「“叔父ちゃんはホントはね、子供が大好きなやさしい人なのよ”って。覚えてる?あんたが初めてウチに来た時、一緒にウチに来てたパパの後輩を殴ったでしょ。あの人の子供・・・千夏も見てる前でさ」

 冷たい風が遠慮なしに車内に吹き込み、2人の間を通り過ぎてゆく。

「あの人、口からいっぱい血を出してたの、見たよね?あの血がね、畳に飛んだの。ぺぺぺって。あの人があんたに、この子をやるから借金をどうとかって言ったときだよ。覚えてるでしょ?ママはあんたらが帰ったあと、畳に染み込んだ血を雑巾で拭きながら鼻歌うたってたんだよ。それを私は物陰から見てたの。そしたらママが私に気付いて、そっと近付いて抱きしめてくれた。それから、さっき言ったことを私に言ったの」


 小百合のほんの少し舌足らずな少女らしい声は、いつしかソンの顔から完全に笑顔を奪っていた。


「“もし叔父ちゃんがママの兄さんじゃなかったら、ママはパパじゃなくて兄さんと結婚したかったの。それくらい兄さんは優しくて頼りがいがあって、大好きな人だった”って。笑いながらさ。“今の兄さんのことは嫌いだけどね”って」
「知ってるよ」


 けれども小百合の甘えに返答したソンの声は笑っていた。
 小百合が視線を窓の外からソンの無表情の横顔に移すと、ソンは窓の外に吸いかけの煙草を投げ捨てたあとで言った。


「なんべんも直接聞いたんだから、俺が一番よーく知ってるよ」


 ソンは声だけで笑った。
 へへへへへ・・・。ソンの湿った声が小百合の頬を撫でる。
 小百合は毛玉だらけのカットソーに視線を落とし、膝を抱えた。
 ねぇ。
 小百合の震えた呼びかけに、ソンは笑うのをやめた。


「あんたもママのこと、好きだったんでしょ?」


 ラジオの雑音。
 タイヤとアスファルトが摩擦する音、振動。
 髪を乱す風。
 新しい煙草。
 
「・・・そうだな」

 ソンは顎髭を撫でている。
 そのスウェットの袖口から、けったいな絵柄が覗いて見えた。


「昔はな」



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