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やさしいんだね
第6章 他人の快楽は夕刻の改札で
 ソンのあとに続いて身体を清潔にした小百合が念入りにトリートメントした髪をしっかり乾かして千夏の服に身を包み、普段どおり髪をラフにセットしたジーンズ姿のソンの腕に絡みついて駐車場に向かった頃には、すでに日は頂点に近いほどに昇りきっていた。


「もうすっかり大丈夫みたい。昨日の救急の人、腕がよかったのかな?」


 小百合は咥え煙草でシートベルトを閉めるソンの横顔にそのようなことを述べ、陽気に笑って見せた。
 

「さぁな。なんべんかやるうちに切れなくなってくるさ。さーて、昼メシはなに食おうかね?」
「私はうなぎがいいなぁ」


 動き始めたワンボックスのバックミラーにソンの怪訝な表情が写る。
 けれども今日に限って助手席に座る小百合の目には入らなかった。


「服を買わなくて済んだんだから、うなぎくらい、安いもんでしょ?明日からまた仕事なんだから。セイをつけとかなきゃ。なんてったって大量出血しちゃったあとだし?」


 ソンは無言でステレオを操り、じきにラジオが車内を流れ始めた。


「・・・お前はほんっとーに、松浦のやろうに似てるよ」


 小百合が顔を上げると、ソンは呆れた顔でハンドルを握っていた。


「え?私が?パパに?」
「そうだよ。あつかましくてわがままな貧乏人」
「なにそれ」
「そのまんまだよ。あーあ、お前のせいでやなこと思い出しちまったなぁ」
「やなことって?」
「おめぇのパパもなぁ、俺が奢ってやるってときは絶対焼肉かうなぎが食いてぇって、なんの遠慮もなく言ってきたなぁってことだよ。あーあ」


 窓あけんぞ。
 ソンの言葉と共に車内に風が吹き込んでくる。
 髪が乱れ、小百合の頬にかかる。
 ソンはまっすぐ前を向いたまま、話を続けた。


「お前ができたって報告してきたときも、うなぎが食いたいって、先輩ここはひとつ太っ腹におねがいしますよぉ・・・とか言ってよ。アイツ・・・お前のママと2人ですげぇ笑顔でさ、なんの遠慮もなく言いやがったんだ。出産費用貸してくれって頭下げたすぐあとにだぜ?正気じゃねぇよ。お前はその図々しい遺伝子を受け継いでる。立派なもんだぜ」



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