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やさしいんだね
第6章 他人の快楽は夕刻の改札で
「おい起きろ!メシ、食うんだろ?」


 うなぎ!
 ソンの言葉に小百合が重たい瞼を上げると、車は見慣れない住宅地の駐車場に停まっていた。


「・・・本当に奢ってくれるの?」


 小百合はあくびを手のひらで隠しながら遠慮がちに、ドアを開けるソンの引き締まった背中に尋ねた。
 ソンはジーンズの後ろポケットに随分使い込んで艶の出ている革製の長財布を突っ込みながら、小百合に返答した。


「その代わり!明日から倍働けよ。いいな?」


 ドアの外で助手席に振り向いたソンの顔は、その時だけは作り笑顔すら浮かべていなかった。
 小百合は黙ったままシートベルトを外し、紺色の暖簾の中に消えていく背中を急ぎ足で追いかけた。



 店内は土曜の昼過ぎというのに客がまばらだった。
 障子窓の真横のテーブルに着いたソンは席に近付いてきた店員に「特上」と、自分と小百合を交互に指差しながらぶっきらぼうに告げた。
 店員は愛想なく「特上二人前ですね」と複唱すると、厨房の奥へ姿を消した。
 

 先ほどと同じ店員がお盆に乗せられた漆塗りのお重を2往復して小百合たちの前に配膳したとき、ずっと黙っていた小百合が口を開いた。



「ありがとう、叔父ちゃん」


 
 ソンは一瞬だけちらりと蓋に手をかける小百合の顔を見つめたが、すぐに視線を小百合と同じようにお重のほうへ向けた。



「べつに。さっさと食えよ」


 蓋を持ち上げた小百合の目の前に、特上うな重が姿を現す。
 甘くて香ばしいうなぎの香りがふわっと鼻腔をかすめ、小百合は深く息をついた。



「叔父ちゃんにうなぎ奢ってもらうの・・・これで2回目だね」



 割り箸を歯で割ってから、ソンはもう一度小百合のほうにちらりと視線を向けた。
 小百合は遠慮がちに箸を握りながら、お重に視線を落としている。
 ソンは何も返答しないまま黙って両手を合わせ、彼にとっては破格の値である3千円超の昼食をとことん味わうようにして、最後まで一言も言葉を発せないままお重の中身を空にした。



「知ってた?私ね、あの晩ひとりで泣いたんだよ」



 
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